文鳥と甲状腺腫
トップ画像:甲状腺の形になろうと苦戦するぽん先生(@comatsu_cotoLi)
甲状腺腫はヨウ素の欠乏が慢性化することによって生じる疾病です。
甲状腺は代謝に関与する重要なホルモンを分泌しているほか、近隣に気道や食道、心臓等の重要な器官があるため、甲状腺腫が発症すると様々な症状を引き起こす可能性があります。
甲状腺ホルモンは羽毛の発育や代謝に関与する重要なホルモンで、甲状腺でヨウ素を原材料にして合成されています。
ヨウ素が欠乏すると甲状腺ホルモンの分泌量が低下するため、鳥の身体は甲状腺を発達させるべく、甲状腺刺激ホルモンを分泌し始めます。
ヨウ素が欠乏した餌が続き、甲状腺刺激ホルモンの分泌が慢性化すると甲状腺肥大が継続し、甲状腺腫に至ります。
腫脹した甲状腺が近隣の器官を圧迫し、また甲状腺自体の機能が低下することによって様々な症状を引き起こします。
穀類にはヨウ素が含まれないことから、シード食の文鳥では副食やサプリメントでヨウ素を補う必要があります。
甲状腺腫はセキセイインコに多いことで有名ですが、実は文鳥でも頻発しており、セキセイインコを上回る可能性さえあるとする文献もあります。
甲状腺腫の症状
甲状腺は頸部にあります。甲状腺腫によって腫れ上がると近隣の呼吸器、消化器、循環器を圧迫してしまい、様々な症状が引き起こされます。
また、甲状腺自体の機能が低下することにより、代謝に関する症状も見られます。
順に確認していきましょう。
呼吸器障害
甲状腺腫によって気管や鳴管が圧迫されると呼吸に異常が生じます。
呼吸が苦しいために開口呼吸を始めたり、甲高い呼吸音が漏れ出たりするようになります。喘息のような症状や、キューキューという呼吸音が絶え間なく出る症状、鳴き声が変わる、あるいは鳴けなくなる、乾いた咳をするなどの症状が出ることもあります。
症状が進行し、慢性的に気管が強く圧迫されるようになると、呼吸困難からスターゲイジングやチアノーゼが見られるようになります。
スターゲイジングとは、気道を伸ばし、空気の通りを良くすることで苦しい呼吸を楽にしようと、顎を上げて上を見ている(天を仰ぐ)状態のことです。
消化器障害
甲状腺腫によって食道が圧迫され、餌を飲み込むことが困難になったり、食べた餌をむせたように吐き出したりといった症状を呈します。
重度になると、そ嚢内に餌が滞留するようになってしまいます。
参考:文鳥と食滞(そ嚢停滞)
循環器障害
甲状腺腫によって心臓や頸動脈を圧迫されると、循環器系の障害を起こします。
また、慢性的な呼吸困難や後述する甲状腺機能低下症から、間接的に循環器系障害の発症に至る場合もあります。
不整脈や心不全によって疲れて無気力になっているように見え、突然死する場合もあります。
甲状腺機能低下症
甲状腺の機能が低下することで正常に甲状腺ホルモンが分泌されなくなり、代謝機能に異常を起こす場合があります。
膨羽、嗜眠、肥満、脂肪腫、不規則な換羽、異常な羽毛の発育などが見られます。
甲状腺腫の原因と予防
餌のヨウ素バランスが不適切
甲状腺腫は基本的にヨウ素の欠乏によって発生します。
特に完全にシード食の子で、食事から十分なヨウ素を摂取することができず、甲状腺腫に至るというのが典型的な事例です。
シード食の場合には、ボレー粉やサプリメント等によってヨウ素を適切に補う必要があります。
ペレット食の場合には、ヨウ素が適切に含有されているでしょう。したがって、サプリメントやビタミン剤の投与はヨウ素の過剰摂取につながるリスクがあります。
甲状腺腫はヨウ素の過剰投与によっても発生します。
そもそも、ヨウ素は重要な栄養素ではありますが、大量に必要なものではありません。
例えば、ヨウ素欠乏による甲状腺腫が診断された病鳥に対する治療として、古典的にはルゴールヨウ素液が投与されてきました(添加物の副作用があるため行うべきでないとする説もあります)。
この治療の際、飲み水20mlに対して0.3%のルゴールヨウ素液を1滴だけ垂らし、さらに単一の給水器にだけ投薬するという分量が指定されます。しかも、この処置を毎日行うのは急を要する最初の1週間程度に過ぎず、健康回復にあわせて投薬量はどんどん減らされていきます。
既に甲状腺腫を発症している子に対してさえ、わずかな量が慎重に投与されてきたのです。
ペレット食の場合、あるいはシード食でもボレー粉等の自然物によるヨウ素源が確保されている場合であれば、特別なサプリメント等を与える前に一度よく考え、それでもサプリメントを与えたいということであれば事前に獣医師に相談しましょう。
甲状腺腫誘発物質に注意する
ある種のアブラナ科やマメ科の野菜には甲状腺腫誘発物質(ゴイトロゲン)が多く含まれているため、鳥に与えることが非推奨と言われています。
甲状腺腫誘発物質はヨウ素から甲状腺ホルモンを生成するはたらきを阻害するため、ヨウ素を摂取していたとしても結果的にヨウ素欠乏と同じ状態を招いてしまう恐れがあります。
甲状腺腫誘発物質の含有量が多い野菜としてよく挙げられるのは、キャベツや大豆、ホウレン草や落花生などです。
文鳥に野菜は必要ですが、わざわざ甲状腺腫誘発物質の含有量が多い野菜を与える必要もないため、上記のものは避けた方が無難でしょう。
一方、文鳥に与えることが推奨されている野菜の代表例である小松菜もアブラナ科の植物であり、甲状腺腫誘発物質を含有することから、注意喚起している文献も見られます。
しかしながらこの主張は、伝統的に文鳥には小松菜が与えられて飼育されてきたという事実の蓄積によって反証されていると見るのが妥当です。
確かに、シード食しか選択肢がなく、副食の重要性も十分に認識されていなかった時代には、小松菜を大量に与えることが最後の引き金となって甲状腺腫の発症を招いた事例もあったかもしれません。
しかし、ペレット食が普及したことで経験の浅い飼い主でも栄養管理に失敗しにくくなったこと、ボレー粉等の副食の重要性が広く認知されていること、そして、小松菜に限らずとも、特定の1種類の野菜だけを大量に与え続けるという状況は想定しづらいことを考慮すれば、甲状腺腫誘発物質を恐れてビタミンやミネラルが豊富な小松菜を与えないという選択は合理的ではありません。
むしろ、ヨウ素は必須ではあるが大量に必要な栄養素ではないという点から、現代の飼育環境ではヨウ素の過剰摂取の方が注意を要する可能性さえあるでしょう。
以上のことから、甲状腺腫誘発物質には注意しつつも過剰反応しない冷静な態度で、文鳥に与える青菜を選択すべきだと言えます。
参考文献
書籍
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