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鳥の呼吸の仕組み

芸術的美しさのスピネル先生
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トップ画像:芸術的美しさのスピネル先生(@halsameyero)

鳥類は哺乳類に比べ、圧倒的に発達した呼吸器系を有しています。

あまりの発達度を目の当たりにした人間の科学者の中には、「人間は呼吸器の発達に関して進化の方向を間違えたのではないか」と言ってはばからない者も居るようです。

今回は、芸術的な領域に到達していると言っても過言ではない鳥の呼吸の仕組みについて、人間の呼吸と比較する形で詳しく解説します。

鳥の呼吸の仕組みを考えるにあたって、まずは次のアニメーションをご覧ください。人間の呼吸の様子と、ニワトリの呼吸の様子(ついでにバッタの呼吸の様子)が、分かりやすく表現されています。

上記のアニメーションを見ると、人間とニワトリとでずいぶんと様子が違うことが直感的に把握できます。臓器の形も違いますし、どうやら空気の流れにも違いがありそうです。

哺乳類の呼吸の仕組み

まずは人間を例にとって、哺乳類方式の呼吸の仕組みについて簡単に確認しましょう。哺乳類方式と比較すれば、鳥類方式の呼吸方法の理解も簡単になるはずです。

人間が空気を吸う時、まず外肋間筋を使ったり(胸式呼吸)、横隔膜を使ったり(腹式呼吸)して、胸郭を拡大させます。胸のスペースが広くなることで、肺を取り囲む空間の気圧が低下し、肺を外側に引っ張る力が発生します。

人間の肺は柔軟な組織になっており、引っ張られるままに拡大します。この拡大した肺に口や鼻から取り込まれた空気が流れ込むことで、息を吸うという行為、すなわち「吸息」が行われます。

外から取り込まれた新鮮な空気、つまり「吸気」には酸素が豊富に含まれています。吸気は行き止まりになっている肺まで運ばれ、そこで「ガス交換」が行われます。

ガス交換とは、呼吸による二酸化炭素と酸素の交換のことです。血液によって運ばれてきた二酸化炭素が毛細血管から肺胞へと排出され、吸気により取り込まれた酸素が肺胞から毛細血管へと入り込み、血液によって体全体へと運ばれていきます。

ガス交換によって肺の中の空気は酸素濃度が低くなり、二酸化炭素濃度が高くなります。この空気を吐き出すべく、「呼息」が始まります。

吸息の時と逆に、内肋間筋や横隔膜を使って胸郭を縮小させます。胸のスペースが狭くなり、肺を内側に押す力が発生します。膨らんでいた肺はしぼみ始め、肺内部の空気は押し出されます。

肺から押し出された空気は気道を通過し、口や鼻から「呼気」として排出されます。

哺乳類方式の特徴と問題点

哺乳類の呼吸の仕組みを確認したところで、哺乳類方式の呼吸方法の特徴と問題点を見ていきましょう。これから確認していくポイントは、鳥類方式の特徴の予告にもなっています。

行き止まりの肺と空気の往復

哺乳類の呼吸器系は肺で行き止まりになっています。このため、肺を折り返し地点として、吸息と呼息で空気が同じ道を往復する仕組みになっています。

この方式の弱点は、せっかく外から取り込んだ酸素豊富な吸気が、ガス交換後の二酸化炭素が多くなった呼気と、肺で混ざり合ってしまうことです。

呼吸の仕組みを解説した際に「息を吐く際には肺がしぼんで空気が押し出される」と説明しましたが、このとき肺の中の空気が100%完全に押し出されるわけではありません。

というより、実は空気のほとんどは肺の中に留まったままなのです。人間の肺は3リットル程度の体積を持っており、呼吸によってで0.5リットル程度の新鮮な空気が取り込まれ、吐き出されます。

常に3リットル程度の空気がある所に0.5リットル程度の空気が出入りしているわけですから、肺がガス交換に使える空気の酸素濃度はかなり薄まってしまうことが分かります。

さらに問題なのは、「行き止まりの肺に空気が入ってくる」という点です。ガス交換を行うことができるのは、肺の中でも毛細血管に接している部分に限られます。つまり、肺の表面付近でしかガス交換を行うことはできません。

しかしながら、外から取り込んだ空気は肺の中心部分に運ばれます。したがって、新たに取り込んだ空気による酸素豊富な層と、肺に残存している二酸化炭素豊富な層とが生じてしまうのです。

吸気がそのまま肺表面付近に到達することはなく、ガス交換後の「使用済み」空気と混じり合いながらでしか利用されません。

このように、空気を往復させなければならない哺乳類の肺は効率が良いとは言えないのです。

一体になっているガス交換機構と換気機構

哺乳類の肺は、酸素と二酸化炭素の交換を行う「ガス交換機構」であると同時に、空気を吸い込み、あるいは押し出すための「換気機構」でもあります。

外肋間筋や横隔膜によって受動的に動かされる形式ではありますが、肺自体が拡大・縮小を繰り返すことによって呼吸を行うため、肺の組織は柔軟になっています。

しかしながら、動作する部位はどうしても損傷が激しくなるものです。人間の肺は、動作によって損傷しやすい「換気機構」に「ガス交換機構」が付随してしまっており、構造的に脆弱であると指摘する研究者もいます。

鳥類の呼吸器

哺乳類方式の特徴が分かったので、いよいよ鳥類の呼吸に迫っていきましょう。

まずは鳥類の呼吸器について確認します。

鳥類の呼吸器は哺乳類の呼吸器と大きく異なっており、ここでは「管状の肺」と「気嚢システム」の2点を解説します。

管状の肺

哺乳類の肺が行き止まりの袋状になっているのに対して、鳥類の肺は貫通式の管状になっています。

肺の前後には後述する「気嚢(きのう)」が接続しています。空気の流れは常に「後部気嚢→肺→前部気嚢」の順で一方通行になっており、空気が肺を通り抜けていきます。

管状の肺の周りには毛細血管が走っています。この毛細血管は、空気の流れに対して直角に走っているのが特徴です。つまり、管状の肺の円周を取り巻くように毛細血管が走っているというわけです。この「気流と血流が直交する方式」は「交叉流式」と呼ばれ、ガス交換において非常に有利な構造になっています。

気嚢システム

鳥類には「気嚢(きのう)」という独特の呼吸器が存在します。気嚢は柔軟な袋状の臓器で、肺の前後、気道に接続する形で鳥の体内に散在しています。多くの鳥類は9つの気嚢を有していますが、文鳥を始めスズメ目の鳥の気嚢は7つになっています。

これら複数の気嚢は、その機能から、肺の前部に接続して二酸化炭素の多くなった空気を受け取る「前部気嚢群」と、肺の後部に接続して取り込んだ新鮮な空気を一時的に溜め込んだあと肺に押し出す「後部気嚢群」に分けられます。

つまり、取り込まれた空気はまず後部気嚢群に到達し、そこから肺を通過してガス交換を行った後、前部気嚢群に押し出され、最終的には前部気嚢群から体外へと吐き出されます。

気嚢には「ガス交換機能」はなく「換気機能」だけを担っています。気嚢が膨らんだりしぼんだりすることによって、鳥は空気を吸ったり吐いたりしています。

また、9つ(7つ)もの空気を溜め込む袋を保有することにより、鳥類は一回の吸息でより大量の空気を取り込むことができます。気嚢が存在することによって、鳥は大容量の換気を実現することができるのです。

さらに、気嚢によって体全体の密度が低下します。体の大きさの割に体重は軽くなるため、飛翔に好適な体作りにも、気嚢が貢献しています。

鳥類の呼吸の仕組み

鳥類の特異な呼吸器を確認したので、それらを使ってどのように呼吸しているのか、順を追って見ていきましょう。本講義の冒頭にあるアニメーションと照らし合わせながら読み薦めると分かりやすいでしょう。

鳥類の吸息は、胸骨をお腹の方向に動かして胸郭を拡げるところから始まります。

鳥類には横隔膜が存在しないので、人間で言う腹式呼吸は不可能であり、胸式呼吸のみを行います。「烏口骨(うこうこつ)」という翼の支柱となる頑丈な骨を支点として、肋骨の筋肉が胸骨を前腹方向に動かし、胸郭を拡大させます。

すると気嚢を取り囲む空間の気圧が低下し、気嚢を外側に引っ張る力が発生します。柔軟な気嚢は引っ張られるままに拡張して、空気を取り込みます。この時、吸気は拡大する後部気嚢群に一度溜め込まれるのがポイントです。

次に、後部気嚢群に溜め込まれた酸素豊富な空気を肺に向けて押し出すべく、胸骨を背中側に引き寄せることによって胸郭を縮小させます。気嚢を内側に押す力が発生し、後部気嚢群は肺に向けて空気を放出しつつしぼんでいきます。

後部気嚢群から押し出された空気は、管状の肺を通過していきます。肺管の周囲には毛細血管が走っており、交叉流式の効率的なガス交換が行われます。管状の肺を進むにつれて、空気中の酸素は毛細血管に取り込まれ、代わりに毛細血管から二酸化炭素が排出されます。

後部気嚢群が十分にしぼんだ段階では空気は肺を通過中です。この時点で2回目の吸息が始まります。後部気嚢群が再び大きく膨らんでいき、新鮮な空気が蓄えられていきます。これと同時に、肺を通過中の空気のガス交換が継続して行われています。やがて全ての空気のガス交換は完了し、空気は肺を出て前部気嚢群に移動していきますから、前部気嚢群も大きく膨らみます。

そして、2回目の呼息が始まります。胸骨が背中側に引き寄せられ、胸郭が狭くなっていきます。すると、前部気嚢群に蓄えられた二酸化炭素の多い空気は気道に向けて押し出され、気道を通過して呼気として口や鼻から吐き出されます。同時に、後部気嚢群の新鮮な空気は肺に向けて押し出され、再びガス交換が行われます。

鳥類方式の特徴

最後に、鳥類方式の呼吸の特徴を確認しましょう。ここまで順を追って学んできたことにより、哺乳類方式に比べていかに優れた呼吸方法になっているのかを明確に理解できるようになっているはずです。

貫通式の肺による効率的な呼吸

鳥類の貫通式の肺は非常に効率的なガス交換を可能にしています。

第一に、肺が貫通式であるために空気の流れを一方通行にすることが可能であり、哺乳類の肺の問題であった「空気の混合」を回避することに成功しています。

後部気嚢群は常に外部から取り込んだ新鮮な空気だけが流入し、前部気嚢群にはガス交換後の使用済み空気だけが流入します。このため、肺においてガス交換に利用される空気の酸素濃度は、外部の空気の酸素濃度と同じになります。

この特徴は高高度での呼吸において圧倒的な優位性を生み出します。

哺乳類が山を登るなどして標高の高い所へ行くと、あっという間に息が苦しくなってしまいます。これは、ただでさえ空気が薄くなり、外部の空気の酸素濃度が低下していくのに加えて、肺の構造上の問題によってさらに酸素が薄められてしまうことに起因します。

一方で、鳥類は外部の空気に含まれている酸素を薄めることなくそのままガス交換に利用できますから、標高の高い場所でも問題なく呼吸できます。文鳥はそこまで高い場所に飛び上がることはありませんが、例えばアネハヅルはヒマラヤ上空の高度8000m以上にまで飛び上がり、悠然と飛行することが知られています。

第二に、管状の肺は、袋状の肺の「新たに取り込んだ空気による酸素豊富な層と、肺に残存している二酸化炭素豊富な層とが生じてしまう」という問題とも無縁です。ガス交換に利用された空気は肺に残存することなく前部気嚢群へと流れ出ていき、新たに取り込まれた空気に道をあけます。鳥類の肺において、毛細血管に隣接する空気は常に酸素豊富で新鮮な空気であるというわけです。

ガス交換機構と換気機構の分離

鳥類の肺はガス交換だけを行い、換気のために動作するのは気嚢になっています。したがって、拡大と縮小の動作の繰り返しによって気嚢が損傷したとしても、ガス交換を担う肺自体は無事です。鳥類の呼吸器系は工学的に信頼性の高い構造になっていると言えるでしょう。

ただし、だからといって「鳥類が呼吸器系の病気やケガに強い」というわけではありません。むしろ、動物医学系の文献では「鳥類の呼吸器系は非常に発達しているが故に繊細であり、病原体や大気汚染への感受性が高い」と注意喚起されることが多いです。

鳥類の呼吸器系には、「酸素の薄い標高の高い場所で、飛翔という爆発的な運動を可能にする」という非常に高い目標が課せられています。鳥類の呼吸器系は確かに発達していますし、工学的に信頼性の高い構造になってはいます。しかし、哺乳類では考えられないほど高い負荷がかかるわけですから、病気に強いわけではないのです。

また、気嚢が全身に散在するために、呼吸器系の病気が全身の臓器に転移するリスクが高くなっている点も、発達した呼吸器系の代償と言えるでしょう。

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